よくわからないエンジニア

よく分からないエンジニアの日々の記録

よくわからないエンジニア

あの音楽に花束を

「結局、中学や高校時代に聴いていた音楽が一番好きなんだよ」
コンビニで買った缶ビールを煽りながら、先輩はそう言った。
笑いながら聞き流していたが、その言葉は私にもピッタリ当てはまった。

目次

とあるバンドについて

そのバンドとの出会いは中学生の時だ。
小学生の頃に、同年代の大多数が好んで聴いていた、「B'z」「L'Arc~en~Ciel」「GLAY」を区別出来ず、その事を馬鹿にされて以来、音楽番組を見るのが嫌いになった。
情報源が無いため、結果としてろくに音楽を聴かずに育ったが、特に大きな弊害は無かった。

中学生になった頃、我が家にパソコンがやってきた。誰も見に来ないホームページ作りに飽きた頃、パソコンはエロ動画とFLASH動画を再生する為の箱に変わった。当時FLASH動画全盛期で、家にいる間はほとんどFLASH動画を漁っていた。

そのバンドの曲はアスキーアートのキャラクターが登場するFLASH動画で使われていた。軽快なギターカッティングにのった英語歌詞の曲。力強いバンドサウンドに一瞬で心を奪われ、繰り返し再生した。誰が歌っているのか分からなかったが、ある日友人の家でその動画を流していると、そのバンドを知っていた友人の姉がCDを貸してくれた。公式のCDでは無く、20数曲入りの海賊版CDでジャケットには中国語が書かれていた。そのCDをMDに入れて何度も聞き直した。FLASH動画に使われていた楽曲以外も英語歌詞で、意味は分からなかったがその事はあまり問題にならなかった。ポータブルMDを持ち歩き、私は彼らの楽曲を何処に行っても聴くようになっていた。
私が異常に気に入った理由の一つに、同年代の友人達がこのバンドの存在を知らなかった事だ。恥ずかしい話では有るが、彼らが知らない音楽を聴いている事に一種の愉悦を覚えていた。この頃から私は色々な音楽を漁るようになった。メディアへの露出は少なくとも、私を夢中にさせてくれる音楽はこの世界に沢山溢れている。その喜びを知ってしまったのだ。探索する事は多くの音楽との出会いを提供してくれた。ただ、一つ一つに対しての濃度が少し薄まった気がしていた。

高校生に入ってからも、彼らの音楽は引き続き私の中心にあった。この頃から公式で発売されているCDを少しずつ集めていった。全てのCDが集まった頃、彼らは活動を休止していた。休止前に行っていたツアーのライブDVDが発売されていたので、初めてライブ映像を購入した。最初に観た時の感想は「あんまり歌上手くねぇな」だった。そう言いながらそのライブ映像を何度も観た。強烈に引きつける魅力がそこにあった。
その後、メンバーを変えて活動再開し、何枚か新しい音源を出していたが、彼らが変わったのか、私が変わったのか分からないが、視聴した限りではピンとこなかった。

活動休止ライブ

ざっくり2年前、大学時代の先輩から連絡がきた。どうやらそのバンドが活動休止ライブをやるので一緒に行こう、というお誘いだ。予定が何も無かったので二つ返事で了承した。ベースボーカル以外のメンバーも変わっており、正直そこまで期待していなかった。

当日、朝からスピーカーでそのバンドを流した。懐かしさに年甲斐もなく気持ちが高まっていくのを感じた。ここが私の音楽の原点だったのだと改めて認識する事が出来た。少しずつ無理ができなくなってきたアラサーのおじさんではあったが、気持ちだけはあの頃に戻った気がした。

開演時間が近づくと、ライブハウスの周りに人が集まり始める。彼ら、彼女らにもこのバンドに対する個々の思いがあるのだろう。
物販でとびきりダサいバンドTシャツを購入し、何年ぶりかにライブハウスで音楽を聴いた。飛んできたダイバーに眼鏡をぶっ壊されたりしたが、最高の気持ちでライブを堪能する事が出来た。

最後に

著作権的にFLASH動画で使われている音楽なんて完璧にアウトだったろうし、海賊版のCDに関しては完全に違法であろう。これらを肯定する気は無いが、これらが無ければ出会うことが出来なかったかもしれないと考えると、小さな声ではあるが感謝をしておきたい。

尚、この日記を書いている時に、当時のFLASH動画が観たくなり検索したのだが、見つけることが出来なかった。
ここまで書いておきながら、そのFLASH動画は本当に存在していたのか、自信がなくなってしまった。