よくわからないエンジニア

よく分からないエンジニアの日々の記録

よくわからないエンジニア

色を忘れた世界には

私は一時的に社会生活から離脱していた。

目次

不穏な愉快さ

寝苦しさに耐えきれずベッドから体を起こした。窓際に鎮座する青い時計は午前10時を指している。 既にエアコンの電源は切れていて、午前中から不必要に日差しが差し込む部屋の温度はかなり高くなっていた。重たい体を動かし、部屋のすべてのカーテンを閉めて日差しを遮り、暑さから避難するように自室を出る。 リビングを抜けてベランダに出ると、湿り気を帯びた空気が体に纏わりついてくる。タバコを咥えて火をつける。深く一口目の煙を吸い込むと、脳にじわりと刺激が広がる。手すりに体重を預けて、ゆっくりと煙を吐き出す。薄く広がった紫煙の向こう側に、日に照らされた町並みが眩しく見えた。不安定な睡眠のせいか、相変わらず体調は芳しくない。もっとも、ろくに眠れなかった時期に比べればマシなことは間違いないだろう。

私が休職してから既に二週間が経過していた。
最初こそすべての現実から目を背けるように、ほとんど寝て過ごしていたが、ここ最近は「起床→活動→就寝」のサイクルを不格好ながら実践できるようになった。
我ながら薄情なもので、精神が安定している時は会社や仕事の事はほとんど考えなくなった。二度と帰ることは無いという開き直りかもしれない。

短くなった煙草を灰皿でもみ消した。自室に戻ると、処方された薬を包装から取り出して飲み込む。不意に襲ってくる憂鬱な感情を、ケミカルな錠剤で強引に蓋をする。こんな対処法で、果たして社会復帰出来る日がやってくるのか、甚だ不安であるが、今はこうするより他に手立てがない。

日を遮ったおかげで、室内は幾分温度が下がり過ごしやすくなっていた。
枕元に置いているiPod Classicに手を伸ばす。ランダムに再生し今の気分にあった曲が流れるまで飛ばし続ける。エンジン音の後にスピード感のあるドラムが流れてきた。イントロが終わると落ち着いた歌声が心にすんなりと入ってきた。
天井を見上げて目を閉じた。
低速どころか、私の毎日は今止まっている。そして私がここで止まってる間も、世界は何も変わらず動き続けている。なぜだか不安よりも、正体不明の愉快さが私の心に去来していた。

いつまで続くのか、どこに行けば良いのか今はわからない。瞼の裏の風景は真っ暗で、行き先を見失った私の心情を投影しているようだった。